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伊豆の国市 真宗大谷派正蓮寺・寿光幼稚園・楽生保育園のシェアブログ 「ほとけのこども日記」 

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あの子もこの子もほとけの子、 どの子もどの子も大切に♪   浄土真宗正蓮寺の本尊である阿弥陀様の慈悲に照らされて命輝く、「ほとけのこども」たちのまわりの出来事をご紹介していきます♪

「いただきます」は「ごめんなさい」?

みなさんこんにちは003.gif



今回は、005.gif浄土真宗の教義に沿った、四コマ漫画を紹介します♪



b0188106_12185142.jpg



いただきますという言葉。



今も昔も、とてもとても大切な言葉です。



一日三食食べる人、



一日少なくとも三回は「いただきます」を言うということになりますね♪



わたしたち人間は、おぎゃー!と命をいただいたその瞬間から、



いやむしろ母の体に宿ってから、他の命を頂いて生きています。



それを改めて感ずると、



我々は、他の命に、まず「ありがとう」と言わずにはいられません。



少し視点を変えて話を進めます。



「他の命を頂いて生きている。」



厳しく言うならば、他の命を奪って生きています。



もし私たちに動植物たちの声を聞く能力があったならば、



動植物たちが命を奪われるその悲痛というものは、



耳をふさぎたくなるようなものかもしれません。



いやきっとそれ以上のものでしょう。



しかしわたしたちは、



他のいのちを奪って自らの命を長らえる歩みを止めることはできません。



四コマ漫画の一番下の解説の中の「悲しみ」というのはそのことをさしています。



私が小学生のとき、クラスの担任のN先生が、



「いただきます」 は 「いただきます」 だけではない。



「頂かせていただきます」なんですよ。と教えてくださいました。



頂くという言葉は、もらう・食べるの丁寧な言葉ですが、



本来の意味は、頭の上に載せる という言葉です。



自分の命ががへりくだって、他の命を自分の頭に載せるという言葉です。



他の命に、自分の頭が下がるということ、



それは、言い換えれば、「ごめんなさい」という言葉です。



「いただきます」  という言葉は、「ごめんなさい」  という言葉だったのです。




ほとけのこどもの心の中には、



「ありがとう」の中に、きっと「ごめんなさい」があります。



追記:お金は命に払うものではありません。
   :人間以外の命にとって、お金など無価値です。
   :お金は、命を「食」として届けてくれた、すべての人々への謝礼でしょう。
by hotokenokodomo | 2009-06-09 12:41 | お寺のこと

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